データベースの開発(その2)
「私の青春は、富士通のメインフレームのデータベースソフトの開発である。」といっても過言ではない。
という出だしで、データベースソフトの開発(その1)を書いてから、もう一年も経過してしまった。
データベースソフトの開発(その2)以降を書く前に、また、今年も我が家に30余年前の古河班の仲間が集まった。
昔話に花が咲く
古河班の30余年後の姿
富士通のメインフレームの最初のデータベースシステムはF230-50/60RAPIDである。
第一号ユーザとして、川崎重工の造船部門が生産管理に使ってみたいと手を挙げてくれた。
第一号ユーザが決まって,ようやく出荷と準備を進めていると、川崎重工では、「データベースは初めて使うので、開発元からデータベースの専門家を派遣してくれ。」と頼まれた。
しかし、開発部隊は10人足らずで、追加機能や次期システムの開発が目白押しで、とてもメンバを出せる状態ではなかった。
ちょうどその時、新入社員教育を終えて配属された元気な新人がいた。
さっそく、その新人をデータベースの専門家として、川崎重工に派遣することにした。
その新人の苦労は大変なものであったと思う。
新人教育を終えて、ようやく配属されたと思ったら、さっそく、神戸のユーザ先に行かされたのである。
それも、ほとんど知識のないデータベースの専門エンジニアとして、ひとりで行ったわけである。
幸い、彼のがんばりとお客様(川崎重工)に助けられて、最初のデータベースプロジェクトは成功に終わった。
また、派遣された新人が大いに鍛えられて育ったことや、古河班にユーザの視点で見る習慣ができたことなど、いいことずくめで、富士通のデータベース事業はスタートを切ることができた。
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