データベースソフトの開発(その1)
「私の青春は、富士通のメインフレームのデータベースソフトの開発である。」といっても過言ではない。
1970年5月に3年間のニューヨーク駐在から帰国した。
当時、私は27歳であったが、それから10年間、「IBMに負けるな。IBMを追い越せ。」と富士通のデータベースソフトの開発に熱中した。
ニューヨーク駐在の時代、私はデータベースという概念にたいへん興味を持った。
Computer Associates社のFounderのCharles Wangと出会ったデータベースセミナーに出席した他、米国で登場したばかりのデータベースソフト、GE社のIDSやIBMのDL/1のユーザを訪問して調査を行っていた。
調査の結果、データベースソフトはこれからの戦略商品になると確信して、富士通本社に当社もデータベースソフトの開発をぜひともやるべきであると進言していた。
帰国すると、配属されたシステム開発の上司から、「そんなに重要なら、お前がやれ。」と言われ、担当することになった。
それ以来、10年間、データベースソフトの開発に専念することになる。
この時のデータベースソフトの開発グループは10人余りで「古河班」と呼ばれ、、よく働き、よく遊び、怖いもの知らずであった。
何しろ、平均年齢22,23歳、とにかく若い、毎年1月に私の家で行われる新年会はどんちゃん騒ぎが恒例になっていた。
先週、30余年ぶりに集まろうということで、私の家に15人ほど当時のメンバーが集まった。
懐かしい話に盛り上がり、相変わらず大騒ぎであった。
昔の古い仲間は、年をとっても若いときと変わらず、本当に、時間軸が30余年逆戻りしたようで、たいへん楽しいひと時であった。
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