ニューヨーク駐在の時代(その6)
1969年11月28日の夜、私は二宮昭一さん(当時、富士通(株)回路部長、後、専務取締役)とマンハッタンで飲んでいた。
たしか、IBMをスピンアウトしたベンチャー企業を二宮さんが訪問されるのについていったと記憶している。
ベンチャー企業の名前も忘れたが、日にちをよく覚えているのは、翌日の11月29日に私の長男がNew York Hospitalで誕生したからである。
その後、二宮さんとは「息子さんは何才になったか。」「そうか、もうあれから何年になるんだなあ。」という会話をよくすることになる。
かなり遅くまで二宮さんと飲んだので、ニュージャージーの自宅に戻ったのは2時ごろだった。
寝入ってまもなく、陣痛が始まったらしく、「病院に電話してくれ。」と家内に起こされる。
朝の4時ごろで、あわてて電話したのはよいが、お産に関連した英語はわかってないし、何と説明してよいかもわからない。
病院の担当者もたいへん困ったと思うが、何か痛みの間隔がどうだとかで、「まだ早い。」といわれ、結局、朝の10時ごろ病院に連れて行った。
New York Hospitalに着く頃、雪が降り始めていた。
その日の午後、長男は無事に誕生した。私は初めて病室に行くときに花屋に頼んで、ものすごく大きな花束を持っていったことを覚えている。
早いものでニューヨーク生まれの長男も昨年12月に結婚(インクス流結婚披露宴)、今月、無事、長女が生まれた。
私どもの初孫である。
さっそく、家内と初孫を見に行ったわけであるが、初孫と対面してみると「どうも誰かに似ているなあ。」と思った。
帰りの車の中で、「誰に似ているかと考えていたが、ニューヨークで生まれた長男の赤ちゃんの時にそっくりではないか。」というと、家内も「そうね。誰に似ているのかと思ったが、そっくりね。」ということで、家に帰って、写真帳を引っ張り出してみた。
今見てきた初孫と写真帳の長男は瓜二つであった。

美人のナースに抱かれてご満悦の長男

10月に誕生した初孫の摩耶ちゃん
「血というものは、本当に不思議なものである。」と我々は喜びもひとしおで、○○バカぶりを早くも発揮していた。
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