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2004.11.26

ネットワークサービスの移り変わり

ニフティがパソコン通信のサービス、ニフティサーブを開始したのは1987年である。
わが国のネットワークサービスの草分けとしてスタートした。

1987年からの10年間はパソコン通信、全盛の時代である。
ニフティサーブはコミュニティサービス、フォーラムに育てられ、急速に会員を増やして大きく成長した。

1994年頃からはインターネットのサービスが始まり、Web、ホームページなどが普及し、ダイアルアップのインターネットの時代になる。
1999年にニフティサーブと富士通が始めていたインターネットサービス、InfoWebを統合して@niftyのサービスとしてスタートする。

2000年に始まったADSLは急速に普及し、一気にブロードバンド時代になり、今、いよいよ光の時代へと進みつつある。

振り返ると、パソコン通信の時代が10年、ダイアルアップインターネットが5年、ADSLが3年、そして光の時代へと、通信技術の進歩はますますスピードを増しつつある。

一方で、ニフティを大きく成長させたフォーラムに代表されるコミュニティサービスもどんどん変化している。
パソコン通信のフォーラムからWebフォーラムへ、そして、ホームページに加えて、ブログ、ココログの普及といった具合である。

パソコン通信のフォーラムは利用者が少なくなったこともあり、来年3月までにWebフォーラムに移行していただくスケジュールでフォーラムマネジャーの方々をはじめとする関係者の皆様方にお願いしている。

役割を終えるとは言え、ニフティとしては、長年パソコン通信のフォーラムをご利用いただいた皆様方やフォーラムマネジャーの方々に感謝するとともに、ひとつの時代が終了するという実感で感概無量である。

折りしも、時代は正に、光の時代。技術の進歩も更にスピードを速めている。

ニフティとして、光の時代、皆様の期待に応えられる新しいサービスの提供に取り組むのはもちろんであるが、今までのサービスから得られたノウハウを新サービスに生かしていくことが重要であると考えている。

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2004.11.11

松井稼頭央選手

ニューヨークメッツの松井稼頭央選手がニフティを訪問してくれた。

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            松井稼頭央選手と握手

松井稼頭央選手はニフティにオフィシャルホームページを持っていて,今年はメジャーリーグの開幕前からココログを始めてたいへんな人気サイトになっている。

松井稼頭央選手は会ってみると、気さくだが、礼儀正しく、いかにもスポーツマンというイメージの好青年である。
松井稼頭央選手のココログがたいへん人気あるのは、気さくに本音で書かれているからであろう。
開幕試合,初打席でのホームラン、腰のトラブルのこと、二塁へのコンバート、マイアミでハリケーンにあった苦労話など、うれしかったこと、つらかったことが自然体で書かれている。

メジャーリーグへの挑戦は並大抵のことではないのに、いとも簡単なことのように書かれているのに感心させられる。

ニューヨーク郊外のロングアイランドのオイスターベイに遊びに行った記事があったが、オイスターベイは私の思い出の場所のひとつであり、親近感を感じた。

今回、松井稼頭央選手は、新潟県中越地震の被災者支援を目的にしたチャリティーオークションを11月9日からスタートさせた。
出品商品は松井稼頭央選手が実際に使用したグローブなどにサインしたもので、たいへんな人気のようである。

たった一年でも、米国で生活したせいかチャリティに対しての姿勢にも風格を感じたのは、私だけではないようである。

松井稼選手から記念にサイン入りのバットを頂いた。

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    バットを贈られてうれしそうな私

バットには「25 MATSUI  感謝」と書かれていた。

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2004.11.10

ニューヨーク駐在の時代(その6)

1969年11月28日の夜、私は二宮昭一さん(当時、富士通(株)回路部長、後、専務取締役)とマンハッタンで飲んでいた。
たしか、IBMをスピンアウトしたベンチャー企業を二宮さんが訪問されるのについていったと記憶している。

ベンチャー企業の名前も忘れたが、日にちをよく覚えているのは、翌日の11月29日に私の長男がNew York Hospitalで誕生したからである。
その後、二宮さんとは「息子さんは何才になったか。」「そうか、もうあれから何年になるんだなあ。」という会話をよくすることになる。

かなり遅くまで二宮さんと飲んだので、ニュージャージーの自宅に戻ったのは2時ごろだった。
寝入ってまもなく、陣痛が始まったらしく、「病院に電話してくれ。」と家内に起こされる。
朝の4時ごろで、あわてて電話したのはよいが、お産に関連した英語はわかってないし、何と説明してよいかもわからない。
病院の担当者もたいへん困ったと思うが、何か痛みの間隔がどうだとかで、「まだ早い。」といわれ、結局、朝の10時ごろ病院に連れて行った。
New York Hospitalに着く頃、雪が降り始めていた。

その日の午後、長男は無事に誕生した。私は初めて病室に行くときに花屋に頼んで、ものすごく大きな花束を持っていったことを覚えている。

早いものでニューヨーク生まれの長男も昨年12月に結婚(インクス流結婚披露宴)、今月、無事、長女が生まれた。
私どもの初孫である。
さっそく、家内と初孫を見に行ったわけであるが、初孫と対面してみると「どうも誰かに似ているなあ。」と思った。
帰りの車の中で、「誰に似ているかと考えていたが、ニューヨークで生まれた長男の赤ちゃんの時にそっくりではないか。」というと、家内も「そうね。誰に似ているのかと思ったが、そっくりね。」ということで、家に帰って、写真帳を引っ張り出してみた。
今見てきた初孫と写真帳の長男は瓜二つであった。

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      美人のナースに抱かれてご満悦の長男

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      10月に誕生した初孫の摩耶ちゃん

「血というものは、本当に不思議なものである。」と我々は喜びもひとしおで、○○バカぶりを早くも発揮していた。


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2004.11.05

新潟県中越地震の被災者支援(その3)

チャリティコンテンツを立ち上げて10日間、皆様の心温まるご協力で、
11月5日現在の状況は以下のとおりです。

ご購入件数  4880件  金額   604万円

ご協力ありがとうございます。

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