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2004.05.26

ニューヨーク駐在の時代(その1)

かなり昔の話だが、私のニューヨーク駐在時代の話を思い出しながら書いてみたい。
ニューヨークに駐在したのは、カナダのモントリオールにいた6ヶ月を含めて、3年余りであったが、今思い起こせば、数々の経験をし、色々な方々と出会い、とても3年とは思えない貴重なものであった。

私が富士通のニューヨーク駐在員として赴任したのは1967年の2月である。
当時は羽田空港から、大勢の方々に「万歳」で送られて出発した。
寒いニューヨークに着いて数日滞在した後、息つく暇もなく、カナダのモントリオールに飛んだ。・・・と書くと旅なれた雰囲気であるが、当時は、一人で外国を旅したこともなく、何度も何度も、便名と出発時間、ゲートを確認して,まったく余裕なく、落ち着きのない初めての一人旅であった。

2月のモントリオールはニューヨークよりさらに寒く,町を流れるローレンス河は全面凍り付いていた。
ローレンス河の中洲でその年、開催される万博「EXPO’67」の日本館に富士通の230-20というコンピュータが展示される予定であった。
私の任務はこの展示の準備と期間中の面倒を見ることであった。

ローレンス河は五大湖から流れ出る大河で、流量が豊富で、流れも急であるが、春になるとガチガチに凍った氷も解けて、上流から無数の小さな氷山が河一杯に何日も何日も流れてくる眺めは壮観であった。

当時の富士通の最新鋭機である230-20を日本館の真ん中に展示したのであるが、その準備にはたいへん苦労することになる。

今考えると、230-20はノートパソコンより能力はないが、とにかく大きかった。
CPU本体はもちろん、磁気テープ装置、磁気ドラム装置、ラインプリンタ装置など周辺機装置が何しろ大きかった。

日本から太平洋周りの船便で送られてきた230-20は、当時の梱包技術が十分でなかったせいか、本体のコンソールが大きく曲がってしまっており、設置して動作させるまでにたいへん時間がかかった。
川崎工場から来た技術者のがんばりで開幕の3日前にようやく動作した。

いよいよ展示のデモソフトを動かしてみる。
展示の目玉のデモソフトは当時としては革新的な英日翻訳である。
お客様がタイプライタから英語の単語や文章を入れると、日本語に翻訳して音声応答装置で結果を声で答えるというものである。

実際デモソフトを動かしてみると、全然動かない。
動かないはずである。
あとで聞いたところ、230-20が船便のため、一ヶ月半ぐらい早く日本から発送され、このデモソフトを開発した研究所のチームがデバッグをするための磁気ドラム装置や音声応答装置がなく、最終確認はされていないとのことであった。
未完成のデモソフトが送られていたのである。
デモソフトのプログラムが打ち出されたアッセンブルシートがあるだけである。

私は230-20のコンソールの前で3日間、ほとんど寝ずにがんばって10数個のバグを見つけて、開幕の前日の夜にようやくデモソフトを動かすことができた。
滑り込みセーフである。
不思議といつも前の日の夜に完成するものである。

「やったぜ。」と本社にその旨、電報で知らせた。(当時、通常の通信手段は電報であった。)
ところが、「なぜ寸前まで報告しない。」とすごく文句を言われた。
唯一人、ソフトのわかる本人が3日間懸命にデバッグしていたのであるから報告できるわけがない。

どうもそれ以来、私は報告するということが、苦手になったような気がする。

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2004.05.14

[閑話休題]ベトナム料理レストラン

少し息抜きとして、身の回りの話を書いてみたい。

恵比寿に私の次男が経営しているベトナム料理のレストランがある。
JR恵比寿駅にほど近く、30席ほどのこじんまりとしたレストランはカーテン仕切られて落ち着いた雰囲気の店である。

開店して1年半、ひいきにしていただいている知り合いの皆さんとなかなか腕の立つシェフの「ゴリさん」、カクテルの名人の「カズさん」のおかげで、何とか順調にきているようである。
次男は家にいるときは口数少なく、お世辞にも愛想のよいほうではないが、このレストランではお客様に対して明るく、口数も多くとても同じ人とは思えない変わりようである。
彼は大学卒業後、タイヤメーカに就職したが、7年間勤めた後、4年前に退社した。
前からレストランをやりたいという希望を持っていたようであるが、勤務先のタイヤメーカのベトナム工場立ち上げに従事し、何回かベトナムに出張したことがきっかけで、ベトナム料理レストランを開くことになったようだ。

次男がタイヤメーカを退社した時のエピソードであるが、その会社のトップの方から、ある日私に電話を頂いた。

「古河さん、ご子息が退社されるのをご存知ですか。」、思わず絶句、「いや、存じません。本当ですか。」
すぐに「今夜、次男に大切な話がある。家に早く帰ってくるように伝えなさい。」と家内に電話した。
しばらくすると家内から、「今夜は送別会で遅くなるそうですよ。」
「誰の送別会か。」という私の問いに、「本人の送別会だそうですよ。」との返事、再び絶句。


次男はなかなか用意周到のようである。
「どうせ、親父は反対であろうから。」と最後まで具体的なことは明らかにしなかったが、その二ヶ月ほど前に二人で寿司を食べに行って、いろいろ相談を受けたときに、私は酒の勢いもあって、「好きなことを思う存分やりなさい。」と彼に言ったようだ。

タイヤメーカを円満に退社した後、レストラン業界の企業に入社して、出店計画に従事したり、現場での経験も積んでいろいろ苦労したようである。
しかし、自分の好きなこと、望んだことをやっているせいか,不満は聞いたことがない。

いよいよ自分の店を出すことになり、誰に頼るわけでもなく、一人で駆けずり回っていた。
ベトナムへはシェフのゴリさんとともに2,3回行き,行く度にベトナムの食器や食材を大きなカバンで持ち帰っていた。
なかなか計画的で、出店の資金についても、最後に「親父、少し出資してくれ。」と、ほんの一部を出資させて仲間に入れるところはよく考えている。
親の目から見るからだろうが、次男は計画性と自立心は十分あるようだ。


このベトナム料理レストランは2002年12月5日、恵比寿にオープンした。

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2004.05.12

スパムメール対策(その4)

スパムメールは米国を中心に急増しており、インターネットの健全な発展に悪影響を及ぼしつつあると危惧されてきている。
その割りに、日本ではその実態もよく把握されていないのが実情である。

ニフティでは会員を対象にスパムメールに関する2種類のアンケートを実施した。

・最初のアンケートはランダムに抽出した@nifty会員、14915名に対して行ったスパムメールに関するもので、有効回答数は245件であった。

・2番目のアンケートはランダムに抽出した「学習型フィルター」の利用者11053名に対して行った「学習型フィルター」に関するもので、有効回答数は3208件であった。

回答数を見ても、一般の方はスパムメールに対する認識はまだ低く、スパムメールの被害を受けて「学習型フィルター」を設定されている方はたいへん関心が高いことがわかる。

最初のアンケートでは、半分の方々がほとんどスパムメールを受信していない。
一方、1日3通から10通の方々が10%、11通以上が7%とスパムメールに悩まされている方々は17%で、6人に1人程度である。

graph-1.jpg


これは他の調査とも類似な結果で個人差が大きい。
いったん、スパムメールが届き始めると,際限なくスパムメールが送られてくることが多いと考えられる。
英語のスパムが多いのも特徴で、今回の調査でも3分の1以上が英語のスパムメールであった。

2番目の調査では、「学習型フィルター」の評価がきわめて高く、5人に4人の方々がフィルターにより80%以上のスパムメールが振り分けられていると回答している。

graph-2.jpg

1月中旬に提供開始して以来,既に5万以上の会員の方々にご利用いただいている。
スパムメールでお悩みの方は「学習型フィルター」を設定されることをお勧めする。

なお、前回の記事へのトラックバックで転送サービスにもフィルターをかけてほしい要望を頂いた。
もっともなご指摘と認識しており、現在開発中で、出来るだけ早い時期に提供させていただく予定です。
しばらく、お待ちください。

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2004.05.06

スパムメール対策(その3)

1月にスパムメール対策について書いたが、その後、ニフティとしても対策の強化に取り組んでいるので、その状況と考え方について触れてみたい。

スパムメールの急増はインターネットの健全な発展に悪影響を及ぼすほどになってきていると認識している。
私のメールアドレスにもスパムメールが、週に170通から180通送られてくる。
ニフティの提供する「学習型フィルター」により、スパムメールの9割がたの150通から160通は迷惑メールフォルダーに振り分けてくれる。
私はこれで相当助かっているわけであるが、メールアドレスによってはほとんどスパムメールを受信しないものもある。
スパムメールの実態もよく把握されていないのが実情である。

このためニフティとしても、スパムメールの実態調査を定期的に実施し、実態を把握し、その結果をもとに対策に役立つ情報をタイムリーに提供したり、対策のための機能強化を実施することにした。
さらに4月から社内に「迷惑メール対策特別部会」を設置して、組織的な取り組みを開始した。

これらの取り組みや考え方について書いてみたい。

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