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2004.03.31

ショッピングサーチ・アラジン

インターネットの検索サービスとしては「Google」がたいへん有名である。
「Google」はインターネット上のあらゆる情報を対象に検索するサービスでたいへん便利である。

「ショッピングサーチ・アラジン」はインターネット上で販売されている商品を専門に検索するサービスである。
検索結果は商品名、価格、写真などさまざまな順番で並び替えて表示され、利用者は商品の写真をクリックするだけで、お店のその商品のページに直接行くことができる。

アラジンのサービスでは、現在、2300店、120万の商品を検索対象にしている。
毎日、2300店、120万の商品の情報を、クローリングという技術を使って、収集している。

インターネットで買い物をするとき、あちこちのお店に行って、商品を探すのはたいへんである。
この点、アラジンのサービスはたいへん便利なものである。

logo_top_aladdin.gif

http://www.shopping-search.jp/index.html

このショッピングサーチ・アラジンの開発と提供をしているコマースリンク社の設立のいきさつについて書いてみたい。

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2004.03.25

顧客情報の流出

ニフティのADSLのお客様には多くのアッカ利用者がおられる。
今回のお客様情報流出で、大変ご迷惑おかけしたこと心からお詫び申し上げます。

アッカ・ネットワークスから、顧客情報200人分が漏えいしたという第一報が入ったのは24日であった。
25日にアッカは社長出席の記者会見で、それまでに判明した内容を発表する予定である。
現時点では、ニフティのアッカユーザーの影響範囲はまだわからないが、お客様にご迷惑をおかけしたこと事実である。

現在、事実関係を調査中です。
今後、早急に対応策を検討いたします。
アッカのADSL利用者の皆様には大変ご迷惑をおかけして、深くお詫びいたします。

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2004.03.24

FM TOWNS(その5)

    ソフトウェア

FM TOWNSのCPUには、32ビットインテル製80386を採用した。
グラフィックや音源データといった膨大なデータを扱うマルティメディアのソフトウェアの開発には、32ビットのリニアアドレス空間を扱えることが必須と考えたからである。
しかし、OSがMS-DOSだとi80386を使っても、64Kバイトセグメントの壁を意識しながら1Mバイトしかアクセスできない。
このため、i80386本来の4Gバイトリニアアドレス可能なOSが必要になった。
米国で32ビットアドレス空間をサポートするOSを開発しているベンチャーが数社あるという情報があり、急遽、訪問することにした。
1987年だったと思うが、私は筒井城二君とともに、米国ボストンに飛んだ。
筒井君は当時、TOWNSのソフトハウス担当で、シリコンバレーに4年余り駐在経験があり、ベンチャーとの交渉にうってつけであった。
私もニューヨークに3年余りいたので、旅なれた二人はボストン空港でレンタカーを借り、目指すOS開発会社のひとつに向かった。
ところが、どうしても目指す会社の住所が見つからない。
米国の住所はシステム的に考えられており,大変わかりやすいのだが、見つからない。
苦労して探し当てたのは、米国の大型トレラーが横付けされるように設計された倉庫の二階であった。
天井の高い倉庫に間仕切りだけのとてもオフィスとは呼べないところで、各間仕切りごとにベンチャー企業が入っており、一人の秘書を数社で共同に使っている。
いかにも米国のベンチャーらしい大変効率的な仕組みになっていた。

結局、このとき訪問したPharlap社のDOS-ExtenderをTOWNSのOSのコアとして採用することになる。
このときのPharlap社の社員は二人であった。
訪問した中で一番小さな、みすぼらしいPharlap社を採用した理由は、32ビット対応のC言語を開発したMetaWare社を訪問した時に、「もっとも安定しているOSはどれか。」と聞いたときに、MetaWare社の社長が即座に「DOS-Extenderです。」と答えたことにある。

このDOS-ExtenderとMetaWare社のC言語をコアとして、アイコンによるグラフィックインターフェイスのTowns MENUやマルチメディアタイトルが簡単に作れるTowns GEARを開発してTOWNS OSとした。

t-osv21_3.bmp


         Towns MENUの画面


gear_sample1.bmp

       Towns GEARで作成したタイトル

TOWNS OSの開発を担当したのは、富士通パソコンシステムズの菅原泉君、浦野昇君、木村寿美夫君を中心にしたチームである。
短期間にこれだけのTOWNS OSをよく開発したと思う。

困難な目標に一丸となって挑戦したこのチームは実力以上の働きでTOWNS OSを完成させた。


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2004.03.19

ココログを始めて

ニフティでBlog(ブログ)のサービス「ココログ」を始めて、三ヶ月余り、徐々にではあるがBlogそのものが世の中に認知されてきた。
ココログの登録利用者は2万人を超え、16日からは、今までのベーシック版に加えて、「ココログプラス」や「ココログプロ」の高機能版を追加した。

私のココログも12月2日の「ココログのリリース」から、今日まで20余りの記事を書いてきた。
はじめた当初は「三日坊主にならないように。」と励ましのトラックバックをいただいたが、振り返ってみると、いつの間にか三ヶ月たち、自分でも驚かされる。
私自身、あまりものを書くことに慣れていないし、書いた経験もないが、それでも続けられる。この辺がBlog,ココログの魅力なのかもしれない。

最近、お会いした方々から、私のココログの感想などをお聞きする機会が増え、ココログに書くと「思ったより多くの方々の目に触れているなあ。」という実感を持つ。

ココログはその特質から、ジャーナリストはもちろん、企業の経営者、コンサルティング、教育、技術開発など幅広い分野の方々に活用していただきたいと思っている。

ニフティやライブドアに続いて、AOLジャパン、OCNと次々にISPがBlogのサービスを開始してきている。
ISP同志で切磋琢磨して、Blogの利用者を増やして、Blog文化を育てることが望ましい。

その上で、Eコマースサイトやコミュニティなどと連動したビジネスモデルを生み出すようにしたいものである。


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2004.03.15

FM TOWNS(その4)

    CD-ROM標準実装

FM TOWNSは世界で初めてCDドライブを標準実装したパソコンである。

fmtowns.jpg

     CD-ROMを標準実装した初代FM TOWNS

マルチメディアの機能を装備したFM TOWNSには、540Mバイトの大容量データを格納できるCD-ROMはぴったりであった。
我々の目標である、オーディオ,静止画,動画をまともに扱えるパソコンを作ろうという目標には不可欠のように思えた。
ただし、当時はCDオーディオが普及する前で、何しろCDドライブの価格が高かった。
CDドライブを実装すると、TOWNSの値段が30万円を超えてしまう。
また、CD-ROMは読み出し専用のため、コピープロテクトの面からソフトハウスから歓迎されるのだが、CD-ROMでソフトを作れるところは当時なかったのである。

CD-ROM標準実装は本体の価格が大幅に高くなる点とソフトハウスのCD-ROM焼付けをサポートする開発センターが必要となる。
最後まで悩みに悩んだ。

TOWNSのスペックはプロジェクトチームが中心になって決めていったが、外部の意見を聞くために、西 和彦氏の率いるアスキー社にコンサルティングをお願いしていた。
悩みに悩んだ末、最後にアスキー社を訪問し,西さんたちに肩を押されて決断した。
1988年の2月か3月の土曜日の夕方、南青山のアスキー社を出てきて、皆でその近くの和風の飲み屋に入った。
「いよいよ、スペックも決まり、あとはやるだけだ。」と前途を祝して杯を上げた。

皆で決意も新たに盛り上がって外に出てくると、雪が降っていたのを思い出す。

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2004.03.11

FM TOWNS(その3)

   マルチメディアパソコン

オーディオビジュアルの技術はFM 77AVで培った技術があったおかげで、独自にいろいろな機能を充実させた。
3万2千色のフルカラー,高解像度で画面の重ね合わせやスクロール機能など特色のあるものとなった。
また、グラフィックを高速で移動させるスプライト機能がゲームソフトでは必須だと要望されて、パソコンとして初めて搭載した。
ブラウン管もソニーのトリニトロンを採用し,とにかくきれいに見えることにこだわった。
こんなスペックだったから開発は大変であった。

富士通の南多摩工場の廊下を歩いていると、時々、牛若君という若い技術者にハイジャックされる。
腕を引っ張られて、実験室に引き込まれるわけだ。
「ここまでできました。」と試作機を見せられて、「そうか、ずいぶん進んだな。」といった会話を何度かしたことを思い出す。
牛若君は口数は少ないが、やけに目の澄んだ青年だった。

1988年の正月だったと思うが、私が1月4日に南多摩工場に初出勤すると、守衛さんが「古河さん、ちょっとお知らせしておきますが、古河さんとこの若い人が暮れの12月28日から29日、30日、31日、1月も1日、2日、3日と毎日出てきて、実験室に一日中閉じこもってました。大丈夫ですかね。」
牛若君は年末、年始一日も休まなかったのだ。

TOWNSの開発には、世界で初めてのものを作ろうという高い目標にチャレンジする精神とめちゃくちゃなガンバリがつき物であった。

TOWNSの試作機に「アフターバーナー」という戦闘機のゲームソフトが動いたときには、その迫力にびっくりするとともに声も出ないほど感激したのを覚えている。

AB2-001-resized.jpg

       「アフターバーナー2」 (C)SEGA 1989

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       「アフターバーナー2」 (C)SEGA 1989


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2004.03.05

FM TOWNS(その2)

  8ビットから32ビットへ

FM TOWNSの開発が始まったのは1987年9月、17年前のことだ。
私も44歳の働き盛り、というか、怖いもの知らずであった。
当時、富士通はコンシューマ向けのパソコンとしてFM77AVというモトローラ系の8ビット機を販売していた。

8ビット機では力不足、上位機を開発しようということになった。
開発の最初のフェーズで、77AVの後継機の路線か、まったく新しい仕様のものにするか大議論になった。
そのころのパソコンで重要なのは、どのくらい多くのソフトが用意されているかであった。
ソフトのないパソコンはただの箱で、ソフトハウスは当然、今までのソフトをそのまま動かす互換性を強く要求した。

互換性を追及すると大きな仕様の変更が難しい。
まったく新しい仕様にするとソフトのないただの箱になるため、ソフトハウスの各社にまた一からソフトを用意していただくようにお願いしなくてはならない。
議論は尽きず、なかなか結論が出ない。

結局、将来性を考えて、ソフトハウスの方々にも納得していただける高機能なパソコンを作ろうということになった。
互換性から開放されると、夢は膨らみ、一挙に8ビットから32ビットへ、MS-DOSも意識してモトローラ系からインテル系へ、最新鋭のインテル製80386を採用することにした。
ビジネス機もまだ16ビットの時である。怖さ知らずの決断だった。

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2004.03.01

FM TOWNS(その1)

私のマンションの片隅に、まだFM TOWNSがおいてある。
FM TOWNSは15年前に富士通が世の中に送り出したマルチメディアパソコンである。
私は富士通時代にこのFM TOWNSの開発を担当した。
CD-ROMを前面にしたあの懐かしい顔を持ったFM TOWNSを見ていると、私のFM TOWNSへの思い、開発の苦労、そして苦労をともにしたメンバの顔が浮かんでくる。

FM-TOWNS3-2.jpg

        私のFM TOWNS


今ではほとんど使うことはないが、私はこのFM TOWNSをどうしても捨てられない。
CD-ROM標準装備、インテル80386の32ビットアドレス空間の利用、スプライト機能の装備などなど、世界にないものを作って、標準をとろうという志がFM TOWNSにはこめられている。

3,4年前、ベンチャーキャピタルにいる友達とロスアンゼルスで食事をともにしたとき、FM TOWNSの話になり、私が開発の指揮を執っていたことを知り、その友人は大変びっくりして話をしてくれた。
その友人は15年前、日本のアップルコンピュータにいたそうである。
彼はFM TOWNS発売開始のその日に秋葉原でFM TOWNSを2台買い求めて、その脚でシリコンバレーのアップルコンピュータ本社に世界初のCD-ROM標準装備パソコンを運んだそうである。

世界的にもFM TOWNSは注目されていたのである。

今でも私の中で生き続けるFM TOWNSの開発のいきさつをココログに書いてみたい。

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